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AV廃人の黄昏

以前僕は痴女の誕生から共犯関係という話を書いていて、そこには確かに飛躍があって、僕の場合そこに竹田青嗣を隠していたんですよね。竹田って誰じゃいって思いますよね。ええ、僕も読んだのはかなり昔だったんで。

竹田青嗣は性を売る女と性を買う男の関係を、「軽蔑を媒介とする共犯関係」と定義したんですよ。なんかゾッとしますよね。性を売る女は買う男を「そうでもしないと女に触れられないクズ」と軽蔑し、性を買う男は売る女を「そうでもしないと生きられないクズ」と軽蔑し、その軽蔑をベースに関係を作っていくものなんだと。

ウソだそんなの、俺たちは葵つかさを崇拝してる!ってなるじゃないですか。でもそんな僕らの中から俺は客だ!俺にリプを返さないとは何事だ!俺にイイネしないとは何事だ!ってのが出てくるわけ。葵つかさが僕らを軽蔑してるとはよう言わんけど、マスとしての僕らは葵つかさを結構軽蔑してる、商品として扱ってると思うんだ。

ごめんよ、こんなんに名前出しちゃって葵つかさ。葵つかさの問題というよりAVとファンの問題に付きまとう本質的な問題なんだよ。

dmmレビューとか僕は結構書いてるけど、他の人の読んでて目を覆いたくなるときがある。ああ、竹田青嗣は現実のある一面を語っているなと。でもここになにかしら前向きな思想が媒介する余地はあるんだろうかと。考えれば考えるほど散漫になる。

池波正太郎は大正から昭和の性の売買の風景について色々書いていた。若いのが女を買えるだけの稼ぎができるようになると、先輩がその若いのに合った女の子を選んでくれたとか。人間だから合う合わないはある。それを選ぶのは最初からは無理だから世話をする人がいたんだとか。面白いよね。ホモソーシャルそのものの気持ち悪い世界だけど、ここをすっ飛ばすから起こってることも多い気がするんですよ。そこから進んで身銭を切れ、金を惜しむな、感謝を忘れるな、俺は客だという態度を取るなってなっていく。ベースが違うんだしそこに現代的な思想の可能性があるとは思えないんだけど、僕らにはこれに匹敵する思想が必要なんだろうねと。そして恐らくですが、その思想ってAVにおけるファンのあり方にもかなりフィードバックされると思うんですよ。でも、これも恐らくなんだけど、思想云々の前に保安上の要求が現実を動かしていく、保安上の要求が僕らの思想の臨界を作っていくんだろうなと思います。

AVにおける共犯関係については、また別の機会に深めていきたいですね。これ読んでAVは性の売買じゃない!という厳しい反応もありうると思うんですよ。お叱りは甘んじてというところ。

ひとつ共犯関係に関して言うと、安田御大の痴女概念を僕は様々に分解するアプローチを取っていて、痴女を文字通り痴女とするより、もっと広く薄く痴女要素をヒット作と結びつけて考えたいという立場です。でないと普通に考えて痴女ヘブン&蓮実クレア一人勝ちになるはずじゃないですか。

まあでもこんなのジクジク考えてっから僕はAV廃人なんだろうね。

テーマ : 日記
ジャンル : アダルト

2016-12-16 : AV廃人 : コメント : 0 :
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